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<a href="http://secret.ameba.jp/frederic-chopin/amemberentry-11890868003.html">『トーマの心臓 / 萩尾望都』を読了</a>

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『トーマの心臓』萩尾望都 こりゃキリスト教文学だよな/あんとに庵◆備忘録

より引用

ギムナジウム、つまり寄宿制の男子校を舞台にした少年たちの友愛の物語であるがゆえか、漫画史の中ではボーイズラブの発祥的存在として『風と木の歌』と共に扱われる作品だけど、実のところこれは寧ろキリスト教的な問題を抱えた作品で「アガペーとしての愛」がテーマである。だからボーイズラブ的なエロスの愛にとどまらない、つまりもっと根源的な、特定への人物の愛だけではなく、他者と自分との関係の問題であったり、あるいは信じるものへの自分自身の所在の問題だったりする。

主人公の一人、ユリスモール・バイハンは信仰を棄てた罪深い自分に悩み、自己否定してしまう。学校の友人達をはじめ人間関係の一切を断ってしまう。神に愛される資格がない自分は、人を愛する資格もなければ愛される資格もない。そうユーリは結論づけ、自らのうちに閉じこもってしまう。キリスト教において「教会・エクレシア」は人間関係によって成立するもので、なにも目に見える教団だけが教会でもなく、聖堂が教会というわけではない。同じ信仰を持ったこの世に関わるすべての人の間に於いて成立していくものであり、それは「聖霊の働き場」として認識される。だから関係性を拒絶するということそのものが、キリスト教信者にとっては絶望でもあり、同時に罪にある状態でもあると認識されるのだ。自死が罪とされたのは、まさにその「関係性」を自ら断つところにあったりする。

ここで問われるのはやはり「愛」と「赦す」というテーマであり、キリスト教の最大のテーマでもある。ユーリは自分を赦すことができず、故に全ての愛を断つ。魂の虜囚と自らなってしまう。ユーリの観察者でもあり保護者的なオスカーは自らの父親との関係の中で悩み、赦しという感覚をその体験を通じて得た。ゆえにユーリの囚われに誰よりも敏感でもあった。

彼を解き放つのはそのオスカーでもなく、結局誰かの犠牲であった。それがトーマであり、そしてエーリクがそれを解く。

萩尾がキリスト者かどうか知らないが、当時、キリスト教はこうしたもので成立しているなぁと学んだものだ。「囚われ・・つまり罪の状態にある人間はイエスの犠牲によって解放される」そういうのがキリスト教だったり。その犠牲による「愛」は最大の愛のかたちでもある。自分自身を差し出すことによって他者(つまり人間)が救われることを神は願う。それをキリスト教では「神の愛」として考える。

ところで、萩尾さんはこの物語の動機を、あるとき見た映画の結末 ― 一人は最終的に自殺し、一人は彼を愛していたことを示せず後悔のうちに「許してくれ」と嘆く― に不満だったから、その先はどんなになるんだろうか?と思って書いたそうだ。

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萩尾望都「トーマの心臓」/千年書房・九州の100冊 西日本新聞

「この作品で人生が変わった」という人がいる。京都精華大マンガ学部助教マット・ソーン(41)は『トーマ』を読み、少女漫画研究へ。

「なぜか号泣した。手塚治虫の『火の鳥』や白土三平の『カムイ伝』も読んだけど、それは客観的な面白さ。これは人間の深い心理を表現して文学的だった」

ユリスモールはギムナジウムの先輩に暴行を受けた心の傷を負い、自分は愛されるに値しないと、トーマの愛をかたくなに拒み続けた。

「人は二度死ぬという。まず、自己の死、そしてのち、友人に忘れ去られることの死。それなら永遠にぼくには二度目の死はないのだ」

そんな思いを抱いたトーマは死を代償にして愛を貫いた。ユリスモールは自らが苦しんでいた罪をトーマが知っているか否かが問題ではなく、その罪をも許していたことが愛であり、人が生きるためには愛が必要だと悟る。

どんなにダメな人間でも、存在そのものは否定することはできない。「親からダメな子と見られていた」と自認する萩尾自身の問い掛けは、自己否定から克服していくユリスモールの姿に投影されている。故郷の土着性、そして、家族という強力な重力から逃れようと闘い、自らの作品世界、ひいては少女漫画の世界を切り開いた。ただ、そのいったん否定したものをも認めることで生き生きとした生が獲得できることも暗示している。

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