科学隊

ささやかな科学と哲学のバトンを渡すための情報交換の場所です。

松本人志の「哀愁笑い」の原点とは

最近、ちょっとばかり落語をみたりしていた。

特に、立川談志の落語を中心に。

理由は、談志はなにやらエラソーなことをいつも言ってるから。

気になった。

結論から言うと、落語をみても、他の落語家と比べて談志のどこが凄いのか分からなかった。

まぁこれは僕の落語を見る目が肥えてないからでしょう。しゃーない。

ただ、談志について(特に談志の放つ言葉)を知るうちに、談志の凄さが分かった。

じじいだとは思えぬブラックな視点と、言葉の的確さ、切れ味の鋭さに驚いた。

短いのでいくと、

「落語聞いてると人間に絶望しなくてすむ」

「努力とは才能の無い馬鹿に与えた夢である」

「酒は人間をダメにするのではない。人間がダメなものだと確認させる為に酒は存在する」

「禁煙なんざぁ、意志の弱い奴のする事」

「状況判断が、できない奴を馬鹿という」

とか好き。

中でも、

「落語とは人間の業の肯定である」

という言葉はすごいと思った。

そうだったのか!ズバリそれが落語のテーマなのか!なるほど!

と思った。

ところで、自分が影響を受けた人物を挙げろ、と言われたら、間違いなく僕は松本人志の名を挙げる。

放送室は全ての回聴いたし、VISUALBUMのDVDも購入して何度もみた。

そんな松本人志にどっぷりと浸かった僕は、お笑いをみる時の思考回路が松本人志によって作られている。

松本出版の教科書を片手にお笑いをみていると言っても過言ではない。

どうして僕は松本人志という人物にこれほどまでに惹かれるのか。

それはもちろん、彼の発想力やストイックな生き方に対する憧れも大きいのだけれど、やはり(松本人志のいうところの)「哀愁笑い」に病みつきになってしまったからだ。

これはもう麻薬のように、一度吸ったらやめられなくなってしまった。

だが、この「哀愁笑い」とは一体なんなのだろう?

何となくはわかるが、いまいちピンとこない。

そしてこの正体がまさに、「人間の業の肯定」という落語のテーマだと思うのだ。

分かりやすく説明するため、ここで「業の肯定」ということについて、談志の言葉を引用する。

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「落語っていうのは他の芸能とは全く異質のものなんだ。どんな芸能でも多くの場合は、為せば成るというのがテーマなんだな。一所懸命努力しなさい、勉強しなさい、練習しなさい。そうすれば必ず最後はむくわれますよ。良い結果が出ますよとね」

そこで、談志は「忠臣蔵」を例に出す。

普通の芸能では当然、四十七士が主人公だ、と。しかし、赤穂藩には家臣が300人近くいた。つまり、他の250人ほどの家臣は、敵打ちにいかなかった。逃げちゃった。47人やその親族は尊敬をされただろう。一方で、他の250余人はどんなに悪く言われたかわからない。

「落語はね、この逃げちゃった奴等が主人公なんだ。人間は寝ちゃいけない状況でも、眠きゃ寝る。酒を飲んじゃいけないと、わかっていてもつい飲んじゃう。夏休みの宿題は計画的にやった方があとで楽だとわかっていても、そうはいかない。八月末になって家族中が慌てだす。それを認めてやるのが落語だ」

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松本人志の笑いに漂う「哀愁」、それは「人間の業」である。

もちろんそれが全てではないが、「哀愁笑い」の根底にある精神は「人間の業の肯定」に間違いないだろう。

(他には、理解されない者の孤独とか、あと普通に貧乏とかの要素が絡んでくるんじゃないかな)

「業の肯定」というのは人間のみっともない部分を笑いにするということだ。

「ちょっとでも自分をよく見せたい」っていう心とか、欲望に負けちゃうダメなとことか、差別とか、嫉妬とか。

そういう人間のカッコ悪いところから生まれる葛藤が哀愁笑いになるのだ。

そして、そういう人間の逃れられない煩悩とも言うべき部分に深く根ざした笑いだからこそ、深みが生まれるのだ。

僕はそういう笑いがたまらなく好きだ。

だからVISUALBUMでは、「巨人殺人」が一番好き。

(「マイクロフィルム」「ZURU ZURU」「ミックス」「診察室にて…」「古賀」「げんこつ」と続く)

松本人志は小さい頃から落語に触れてきたとラジオで言っていたが、その影響が「哀愁笑い」となって表れているのだろう。

ちなみに、VISUALBUMが難解とか言われる理由は、ツッコミがないからだ。

どこが笑い所か教えてくれるツッコミがいないと、演者の表情の変化や、登場人物の性格や心情を読み取る必要がある。

そういうところを読み取らないと、ほとんど笑うところが残されていない。

めちゃめちゃ単純に、不良にからまれてる奴が、

「あーん!?やるんならやったるぞ!!」

とか言いつつ、足ガクガクだったら面白いよね?

でも、その場面で、

「立ってんのがやっとじゃねーか!!」

みたいなツッコミがないとしたら、足ガクガクになってるのを自分で見つけないといけない。

その上で、こいつは虚勢はってるな?、と笑えるわけだ。

お笑いはツッコミから考えた方がわかりやすい。