レッツ哲学!!
哲学って面白い。
センター試験の倫理で哲学やった時は、カントやらハイデガーやら、難しそうな単語ばっか出てきて、「哲学って理屈をこねくりまわしててつまんね」ってイメージだったけど。
哲学ってそんな難しいもんじゃなかったのね。
■ 哲学ってなあに?
「懐疑を深めること」
これに当てはまれば僕はそれを哲学と呼びたい。
常識を疑う。
認識を疑う。
そして自己の存在さえも疑う。
とことん疑っていけば哲学に行き着く。
「自分が根拠としているものは本当に確かなものなのか?」
これこそが哲学の扉を開く問いだ。
だから、哲学に前提知識なんぞ不要だ。
誰でもエセ哲学者になれる!
逆に、哲学的な問いを持たない人は思考の足場が固まっていない、と僕は思う。
だから哲学しよう。
そして、今まで足場としていたものが崩壊し、思考が瓦解する体験を味わおう。
少し前に、自然科学の理論は永遠に仮説に過ぎない、って書いたけど、それ以前にそもそも我々は、外の世界をちゃんと認識できているんだろうか。
我々の神経回路は閉じている。
そして我々は外の世界で何が起こっているのかを、神経回路を流れる電気信号によってしか認識することができない。
つまり、我々の認識する「世界」と外の「世界」には隔たりがある。
ならば、もし我々の神経回路にエラーがあったらどうか。
いや、エラーというよりは、私の神経回路とあなたの神経回路はどこか違う作りになっているはずである。
だから、私の認識している「世界」と、あなたの認識している「世界」は違ったものであるはずだ。
それなのに、物理法則は本当に皆に共有されるものなのだろうか。
ぁ
これ
エセ哲学ゃ
参考サイト:哲学史を壁に叩きつけろ/「実存浮遊」から柔和な路上を歩き瓦解した世界に埋没する