科学隊

ささやかな科学と哲学のバトンを渡すための情報交換の場所です。

クローンの男

まずは→<意識>をめぐる考察

■ 記憶を受け継いだクローンは自分か

ーーー ある朝、男が目を覚ますと、部屋から出ていく見知らぬ女の後ろ姿があった。

 「何してる!?あんた誰だ!!」

 男は驚いて呼び止めた。

 「…見つかってしまっては仕方ありませんね…いいでしょう。全てお話しします」

女は観念した様子でこう答えた。

そして、男がその女から聞かされたのは俄かには信じがたい話であった ーーー

さて、今回のテーマは、記憶が「自分が自分であること」とどの程度関わってくるのか、というものだ。

話を続けよう。

男が聞かされた話はざっとこんな感じだ。

――― あなたは7801体目のクローンです。

あなたは寝る度にクローンと入れ替わっているのです。

あなたは昨日、ビールを飲んで眠り、何事もなく朝を迎え、そしてついさっき起きたと思っておられるでしょう。しかし、昨日の『あなた』は眠りについてすぐ、記憶のデータを取られ、そして消滅させられました。

そして今朝、私は新しいクローンの『あなた』をここまで運んできたのです。

あなたは毎日、寝て起きてを繰り返しているつもりかもしれませんが、実は毎回クローンと入れ替わっているのです。

今回は何かの手違いで、あなたの覚醒が早く、私はあなたに見つかってしまいましたが…

なお、消滅の際には痛みは一切感じませんのでご安心下さい。

また、この記憶は次のクローンでは受け継がれないようにしておきます。

では、ごきげんよう ―――

女は地球人を研究する宇宙人で、地球人のクローンの実験をしていたのだ。

男は初めこそ信じていなかったが、女はそれを証明する科学力を見せた。

どうやら話は本当らしい。

(多少設定に無理があるのは、僕の頭の悪さのなせる業なのでご勘弁を)

「俺は寝たら…殺されるのか…?」

男はだんだんと怖くなる。

男は、死にたくないという思いから3日間起き続けた。

「殺されてたまるかよ…」

しかし、次第に眠気が男を襲う。

眠気で思考が働かない。

朦朧とする意識の中で、男は思う。

――― よくよく考えたら、クローンと入れ替わったことは周りの人間にはわからないわけだし、何より、“自分”さえ入れ替わりに気付かないじゃないか。

“自分”には、生死の境を彷徨った末に意識を取り戻したのか、クローンになったのか判断できない。

こんなこと考えてても仕方ないじゃないか。

クローンになったところで何も変わらないじゃないか。

頑張って目を開けていたのが馬鹿らしくなってきた。

俺は、これから眠り、明日、何事もなかったように目を覚まし、仕事に行き、彼女とデートして、セックスして、また眠る…

何も変わらない…

何も変わらないんだ  ―――

男は考えるのをやめ、眠りについた。

死者蘇生の男へ続く